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『白砂』鏑木蓮|犯人の悲しい過去を考察、ネタバレ解説

同志少女よ、敵を撃て

Audible版、白砂はこちらから。サンプルあり。

ネタバレしていますので注意してください。

✅作品概要と著者紹介

『白砂』は、鏑木蓮氏によって書かれたミステリー小説です。2010年7月に双葉社から出版され、2013年6月に双葉文庫から文庫化されました。この物語はミステリーの要素を含みつつ、人間ドラマとしての側面も強く持つ作品となっています。

著者は1961年に京都市で生まれ、佛教大学文学部国文科を卒業。長年コピーライターとして活動した後、2006年に『東京ダモイ』で第52回江戸川乱歩賞を受賞し、本格的に小説家としてデビューしました。『白砂』は著者の4作目の長編小説となります。

💠登場人物

高村小夜(たかむら さよ):20歳の女子学生。予備校に通いながら質素な生活を送っていた。物語の冒頭で殺害される。

目黒一馬(めぐろ かずま):下谷署の刑事(警部)。小夜の殺害事件を担当する。人間の心理や感情に注目する鑑取り捜査で犯人を追う。

山名:目黒の部下。おちゃらけた面もあり、目黒とコンビを組んで捜査にあたる。

吉崎昇:二級建築士、建築会社社長。物語では既に亡くなっている。

好恵:昇の妻。

節子:小夜の祖母。小夜の遺体の引き取りを頑なに拒否する。威厳があり矍鑠(かくしゃく)としている。

高村小百合(たかむらさゆり):物語では既に亡くなっている。節子に辛く当たられていた。

📖あらすじ

都内のアパート一室で、女子学生(小夜)がブロンズで殴打され殺害される。目黒警部は小夜のアパートで妙な違和感を感じる。

今どきの20歳の部屋ではなく、質素で慎ましく倹約生活していることが随所に感じ取られる部屋。援助交際などの線を疑うも、どうしても小夜の人物像と一致しない。

部屋のゴミ箱に投げ捨てられていた大切なペンダント。そして持ち去られてた『お骨』。

目黒と山名は小夜の故郷、京都府南丹市美山を訪れ彼女の過去を追う。そこで徐々に明らかになっていく彼女の生い立ち、そして小夜が詠んだ短歌に込められた想い。

目黒が過去を掘り下げていくほど見えてくる、登場人物たちの悲しい過去と、白砂の意味。目黒の人の内面を浮き彫りにしていく捜査が心に刺さる。

👀小夜の短歌に込められた想い

ひと夏の、美しき山にひらきたる、一夜の花ははかなき恋か

深き山翡翠色なるキャンバスに、白き鹿おり頬つたうしずく

君語る星座の物語、あの夏にふたたび会いたきと想う夢みん

白砂の物語の核はこの短歌です。小夜が詠んだとされる短歌は、実は小夜の母、小百合の過去(体験)を詠んでいたのです。そしてこの短歌が『ふるさと短歌大賞』を受賞したことで、大きな転機になっています。

物語が進むにつれて、小百合の過去と家族に焦点が合っていきます。そして自分の人生が自分では決められなかった悲しい過去が明かされる。その中で目黒は小百合と深い接点のある人物、テンガロンハットの男に辿り着く。

その男とは!?

そしてこの物語のタイトル『白砂』について。

お骨を粉砕すると白い砂になるので、それがタイトルになっていると思っていました。確かにそれは間違っていなかったし、そういった側面もあります。

しかし、白砂にはもう一つの側面があったことに驚きでした。それが物語のラストにつれて明らかになり、『あぁぁ、そんなことが、、、』と胸に迫るものがありました。

単なるミステリー小説ではなく、人間の奥底に閉じ込めている、重たく苦しい過去にも迫る人間ドラマ。そこが互いに交差し単なる犯人探しではない物語になっています。

そして小夜が詠んだ短歌、母親への想い、そしてその決意。全てのピースが組み合わさった時に浮かび上がる白砂の意味、それがより強い読後感を与えてくれます。

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🗣️ネット上のコメント

小夜が可哀想でならなかった。

犯人のしてきたことにゾッとした。

ボタンの掛け違いで、こんなにも悲しい物語に。

こういったネット上のコメントを見ました。この物語は確かに悲しい。悲しいし、不平等、理不尽、そんな言葉を連想しました。

現実の人生でも、皆、口に出して言わないだけで、そして他人が知らないだけで悲しみや辛さを抱えながら生きているのではないかと思います。

そして、こういったミステリー&人間ドラマって、ある程度人生経験を積んで読むと、より登場人物に感情移入して胸の奥がズンッと重たくなるような錯覚を覚えます。

若い頃には理解できなかったことが、年齢を重ね経験を積むことで理解できるようになっていく。こういった事、多々あります。

だからこそ、目黒警部のような人を理解していく捜査で、人物の背景を深堀していくから涙腺が緩んでしまう。

ラストに明かされる、もう一つの白砂。そこに込められた人物の歪んだ想い。でも決して責められない生い立ちと、辛い生き方を強いられた運命。

私が知らないだけで、この世にはこの物語のような生き方をしている人が大勢いるのだろう。

🤔白砂に隠された、もう一つのストーリー

この物語にはもう一つ実話とリンクする部分がある。それはアスベスト問題だ。今でこそアスベスト(石綿)は重大な健康問題を引き起こすと知られているが昔は違った。

この物語でも描写されているが、口に布を当てる程度のものだった。特に炭鉱労働者はそういった劣悪な労働条件で働き、健康と引き換えに金を得ていた。

ちなみにアスベストの恐ろしいところは、一時的に健康が悪くなるのではなく、その繊維が肺に留まり一生涯に渡って健康を害し続けることなのだ。実際、アスベスト被害で早死にする炭鉱労働者も大勢いたという。

白砂の物語に出てくる犯人も、このアスベストの恐怖が根底にあったのだ。アスベスト被害にあった家族を支えてきた過去、自分もアスベストを吸引しているだろう、だから自分も長生きは出来ないという思い込み。

それだけ、このアスベスト被害は広範囲に渡る恐ろしいものだったのです。

そして犯人はそういった恐怖にずっと追いかけられてきたのだ。例えば一般的な風邪をひいても普通の人なら、『風邪をひいた』程度でおわる。しかし犯人は恐ろしいほどの不安に支配され、『遂に私の番がきたのだ。』そう思っただろう。

きっと誰でもそういった思考が頭をもたげるだろう。家族をアスベスト被害で失い、逃げるように故郷を離れ、死ぬ恐怖から逃げ続けた。

精神を病んで当然だ。精神状態が不安定になって当たり前なのだ。

⚜️人間味溢れる目黒警部がスルメイカ

この物語の登場人物、目黒警部が良い味だしてます。噛めば噛むほど味がでる、スルメイカ状態です。

ミステリー小説だけなら、他にもたくさん良い作品があります。しかしこの『白砂』の物語に深みを与えているのは、目黒警部の存在だと思います。

ギョロッとした目で相手を威嚇するときもあれば、相手の心に寄り添いその人間の背景に迫る優しもある。そういった様々な人間の生き方を見ることができます。

特にラストの小夜の視点が良かった。こんな背景があって頑張って生きてたんだなぁ、と感じると何度も胸にジワッと優しく悲しい感情が広がってきました。

それも、これも著者の繊細な筆致と、複雑な人間模様を描く力量に間違いありません。ミステリーファンはもちろん、文学作品として楽しみたい読者にも強くおすすめできる一冊です。

Audible版のナレーター(浅木俊之氏)の声も目黒警部のイメージとマッチしてました。ぜひ本を聴いてみてください。新しい本の楽しさを発見できると思います。

この記事を書いた人
まさ

小説の構造・結末・テーマを徹底考察。
「ただ読むだけ、聴くだけでは終わらせない」
考察の過程で、作品に込められた意図や、物語の裏にある仕掛けを読み解くのが醍醐味。
特にミステリー好きな方に、新たな視点を提供できれば嬉しいです!

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