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『方舟』舟木春央|結末と犯人の異常性の考察、ネタバレ解説

同志少女よ、敵を撃て

Audible版、方舟はこちらから。サンプルあり。

ネタバレしていますので注意してください。

❓犯人はなぜ犯行に及んだのか

実はこの方舟で一番わからなかったのが、犯人の動機。なぜ犯人は逃げられない状況の中で、犯行をしなければいけなかったのか。

探偵役の翔太朗も、『そこが分からない』と言っていたけど、私も分からなかった。だがあの状況だから犯行に及ばなければいけなかった、そう考えたとき、なぜ登場人物の背景がほとんど描かれていないか、その理由が分かった。

つまりミスリード、読者の固定概念を利用したのだと思う。あの人物がそんな犯行をする訳がない。私はAudibleで方舟を聴いたけど、その登場人物の声にも騙された。

やはりこういったミステリー小説には、ミスリードを巧みに利用し、ラストで大きなどんでん返しを持ってくる。傑作と謳われた綾辻行人氏の十角館の殺人もそうだった。

ただ犯人にあの全ての犯行ができたのか!?なんて現実的な理屈を垂れても仕方ないが、多少無理な感じもする。特に頭部切断なんて、並みの神経じゃ無理。精神が破綻してないと出来ない。

どちらにしても、犯人の異常性がそこにはあったのは明確です。口では綺麗ごとを並べても、その頭の中では異常な思考がぐるぐると回転していたのは間違いない。

冷静に綿密にストーリーを組み立て、そして最後の最後に牙を剥いて襲い掛かってくる。そこまで人間は冷酷になれるものなのだろうか。異常事態になれば人は簡単に悪魔になれるのだろうか。そう思ってしまった。

そして動機は助かりたい、誰よりも助かりたい、友人たちを見殺しにしても、自分だけが助かりたい、それしかない。冷徹というよりサイコパスな奴としか言いようがない。

😱麻衣は柊一を救う気など毛頭なかった

絲山麻衣が犯人なわけですが、彼女は柊一が一緒に巻き上げ機が設置された小部屋に来てくれたら、彼も一緒に助ける気だったと、トランシーバーアプリで彼に伝えました。

がしかし、これは嘘だと思いました。麻衣の残忍な思考は、彼女が実際に行った行為から読み取れま

  • 本当の脱出経路、方法は麻衣しか知らない。
  • 死体とはいえ頭部を切断する異常性。
  • 人を3人殺害する冷酷さ。
  • 最後に麻衣の計画の全てを教え絶望させる狂気。

地下建築から脱出するためには、ダイビング機材を使い一旦水没した地下を潜り非常口の方から脱出する必要があったのです。

この情報は麻衣しか知らない。なぜなら麻衣はモニターの映像を逆にする外道行為をし、自分だけは確実に助かる計画を実行していた。

そんな冷酷非道な麻衣と犯人探しまでした柊一が、仮に2人で地下建築から出て助かったとしましょう。

その後、柊一は自身の良心が痛まないだろうか?

自分が生き残るために、大学時代の仲間や従弟の篠田翔太郎を犠牲にしなければいけない。仮に柊一が全てを犠牲に外の世界へ戻ったとしても、自分を責めるのではないだろうか?

それに彼は人を殺せるような人物ではなかった。人妻の麻衣に好意を寄せ、彼女とキスを交わす描写もあるがその程度のことです。

自分が生き残るために、仲間を裏切り殺すような人間ではないのは明々白々。

一方麻衣は、のこぎりでさやかの首を切り落としています。通常の精神で人の首など到底切り落とせない。想像しただけで恐ろしく体がガクガク震える。

しかし麻衣はやってのけた。そして彼女は必ず考えるはずだ。『仮に柊一と助かっても、あいつは地下建築で起きたこと全てを警察に喋るだろう』と。

そうなると、自分も警察に捕まる。必ずそう考えるはずです。だったら、自分以外の人間の口を封じて死人に口なしにすればいい。自分だけが語ることを真実にすればいい。

なぜなら、自分が人を殺した証拠などどこにも残っていない。もしくは仲間の誰かが狂気に駆られて事件を犯したと証言すればいい。私は怖くなって隙をみて1人で脱出したとでも言えばいい。

証拠がない、証言もない、何もない状態では警察も逮捕まではいけないだろう、そう考えるのではないか?

こう考えると、やはり麻衣が柊一を助ける気などなかったと言える。それでも柊一にトランシーバーアプリで連絡を取った理由は、『彼を絶望の底へ叩き落としてやりたかった』なぜなら、麻衣は柊一を好きになり、期待しそしてガッカリしたからです。

ガッカリしたからこそ、その代償を払わせたのです。そしてサイコパスな彼女だからの思考と行動の結果が、あのトランシーバーアプリでの会話だと考察しました。

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麻衣の異常性を示す発言

矢崎一家が巻き上げ機がある部屋に入らずに、岩を動かす為、奔走しているシーンの後。

矢崎さん、不安だっていうのは本当によく分かるんですけど、無茶なことは絶対しちゃいけないって思うんです。時間はまだあるから。

矢崎家が去った後、麻衣と柊一が岩がどれだけ動いたか確認をした後。

麻衣も、緊張から解放されたのか、ほんのりと笑みを浮かべていた。

この時、麻衣は自作のハーネスを作っていた。しかしそのハーネスを完成させるのには時間が掛かり、まだ完成していなかったのである。だから今、仮に岩を落されて地下1階にいる人間たちに地下建築の入り口へ行かれては困るのである。

なぜなら、入り口は土砂で埋まっているから。

その場に居た柊一は、安堵とも落胆ともつかない感情に満たされた、と描写されている。安堵とは安心すると、落胆とはガッカリすることです。

さらに柊一は自動車が衝突しようとしているときのような恐怖に襲われた、とあります。

つまり安心ともガッカリすることもない感情だった、むしろ恐怖を感じていたのです。にも関わらず、なぜか麻衣は笑みを浮かべたのである。

それはやはり、今、皆に地下建築の入り口に行かれては困るのです。助かる方法、ルートは麻衣しか知ってはいけないからです。もし生き残る正しい手順が明らかになってしまうと、それこそ麻衣にとっての地獄が始まるから。

だから麻衣は、地獄が始まらなかったことに対して、笑みを浮かべたのではないだろうか。それは当然、自分だけが生き残りたいからです。

🛶方舟の由来と物語の共通点

ノアの箱舟は旧約聖書の中に描かれている物語です。人間が堕落せず信仰を忘れないように、その弱さ、神の慈悲そういった重要性を伝えるために今でもノアの箱舟の話は語り継がれています。

では、そのノアの箱舟とはなにか?

当時の人間界では、神への信仰が薄れ悪が蔓延し、心では悪いことを思い計る人間が増えていた。それを見かねた神が大洪水起こす裁きを決め実行した。

しかし、神はその前に預言者であるノア(アダムの子孫から数えて十代目)に箱舟を作らせ清い動物、七つがいとノアの親族(計八名)を救済した。そして神は『二度と洪水で人間を滅ぼさない』と虹で約束したとあります。

これがノアの箱舟の大まかな話。

さて、本題の方舟との共通点は、地下から沸き起こってくる”“、逃げられない世界(地下)、数字の(登場人物七名、矢崎家を除く)、そして犠牲です。

ちなみにノアの方舟の物語では、一つがいが犠牲になっても、他の三つがいがいれば生態系を再生できると教えられています。

そして忘れてはいけないのが、箱舟と方舟の文字の違い。どちらが間違いというわけではないようで、文語訳聖書では方舟、口語訳聖書では箱舟と書かれているみたいです。

ですが、この物語で出てくる方舟には、一点だけ重要な意味が隠されているのでは!?と考察ができます。

それは方舟の”方”は、方向の”方”なのです。それと物語終盤で明かされるトリック、つまり向かう方向が違うという意味も込められている、だからあえて方舟としたのではないだろうか。

そう考えると、しっくりきませんか?

🟢作品概要と著者紹介

2022年9月に講談社から発売された『方舟』。この物語は著者、舟木春央氏の2作目の作品です。2019年に絞首紹介の後継人で第60回メフィスト賞を受賞して、同じ年に作家としてデビュー。

今回紹介する方舟は、発売後、アッという間に話題になり、『週刊文春ミステリーベスト10』2022年国内部門1位、『MRC大賞2022』1位を獲得などミステリーランキングで高い評価を得ています。

今回の作品は、地下建築『方舟』の中で繰り広げられる殺人、そして同時進行で起こる迫りくる閉ざされた地下での水没。

この二つが織り交ざって、物語の序盤から独特な緊張感、そしてテンポの良いストーリー展開でラストまで一気に進んでいきます。

✍️登場人物

越野柊一(こしの しゅういち):主人公。システムエンジニア。物語の視点は彼。
篠田翔太郎(しのだ しょうたろう):柊一の従兄。探偵役。
西村裕哉(にしむら ゆうや):アパレル系勤務。地下建築の発見者。
絲山隆平(いとやま りゅうへい):ジムのインストラクター。
絲山麻衣(いとやま まい):幼稚園の先生。隆平の妻。
高津花(たかつ はな):OL。
野内さやか(のうち さやか):ヨガ教室の受付。


矢崎家(きのこ狩りに来て道に迷った家族):
矢崎幸太郎(やざき こうたろう):電気工事士。
矢崎弘子(やざき ひろこ):幸太郎の妻。
矢崎隼斗(やざき はやと):高校生の息子。

この中に犯人がいる。しかし、物語の序盤、中盤ではその犯人は分からないし、何よりも動機が1mmも予想できない。

理路整然と推理を展開する探偵役の翔太朗、粗暴な龍平、冒頭で殺されてしまう裕哉、なんだか癖の少ない女性達。

そして偶然、森の中で遭遇する矢崎家。こんな山奥で!?偶然にこんなことがあるのか。

探偵役すら怪しく見えてくる登場人物たち。

📖あらすじ

主人公たちは大学の同級生の一人、裕哉に誘われて地下建築『方舟』を訪れることに。深い山の中で見つけた目的へと続く上げ蓋。その先に続く暗黒世界へのはしご。観光気分で来た彼らを奈落の底へと突き落とすとも知らずに、その先へと進んでいく。

そして偶然彼らと地下建築で過ごすことになった、矢崎一家。総勢10名が一晩だけ方舟で過ごすだけだった。非日常をたった一晩だけ。

しかし、予期せぬ事態が起き彼らは地下三階の建造物の中に閉じ込められることに。地下からせり上がってくる地下水。あと数日でその水が地下一階を満たしてしまうことを知る。重苦しい空気の中で必死に脱出法を探るが、誰か一人を生贄としてこの方舟に捧げないと、他の人間が助からないと知る。

そしてその異常事態の中で、狂気じみた連続殺人が発生。閉鎖的な空間という独特な緊張状態の中で、犯人は平然と殺人を繰り返していく。それはまるで神から与えられた免罪符のように。

犯人は誰なのか?なぜ犯人はこんなことを?

そして彼らは地下建築から脱出できるのか?

せり上がってくる地下水と脱出できない空間。時間が刻一刻と死へのカウントダウンを告げる中で、彼らが出した答えは?

ラスト数ページで全てをひっくり返してくる著者の思惑を、あなたは見破られるか?著者舟木春央が仕掛ける世界に、あなたも私も叩きのめされる。

クローズド・ミステリーの王道をさらに進化させ、単なるミステリーのレベルでは終わらせない独自の展開で読者をラストへ導く。

🌏方舟の世界の魅力

この作品の魅力は綿密なストーリーと読者の予想をバッサリと裏切る展開です。私はAudible版でこの作品を聴いたのですが、ナレーターの声がより緊張感を煽って、ドキドキ感、ハラハラ感が堪らなかった。

暗い夜道の中、イヤホンを耳に差し込んで聴いていると、得体の知らない恐ろしさを背後から感じてしまいました。

彼らの焦り、冷静さを装っても心の中では狂気の芽が育ってきているのが分かる。疑心暗鬼、脳裏にこびり付いて剥がれない死への恐怖。

あたかも私自身が彼らの追体験をするように、物語へと引きずり込まれる。

そして、この方舟のもう一つの魅力、読者の予想を裏切っていくストーリー展開。伏線を絶妙に散りばめながら、物語のラストで全てを回収していく爽快感と絶望感。

ラスト10分で全てを地へ叩き落とすどんでん返しの衝撃と疲労感が凄かった。最近読んだ本、聴いた本の中ではダントツに疲労感がありました。

文体が気取らず、聴きやすい、読みやすい文章なので脳への負担が少なく、それと独特な緊張状態の世界観が相まって、文字を先へ先へと進ませる。

この方舟を読むなら、数日中に一気に読んでその世界観を堪能することをおススメします。

🗣️ネット上のコメント

多く見られたコメントが、『予想を裏切られたラスト』、『淡々と進む展開に拍子抜けしたが、ラストで全てが報われた』こういった感じのコメントが多くみられました。

登場人物たちの余計な背景をカットすることで、迫りくる緊張を描写し、ストーリーの展開速度を優先したのではないでしょうか。

ミステリー好きな人なら、序盤、中盤で伏線には気付くけど、ラストに近づくにつれてその伏線をすっかり忘れてしまってはいませんでしか?

そしてその伏線回収をするとき、『あっ!』と声を心の中で漏らしてしまう。実際私もラスト数分で、『あっ、やっぱりこれ・・・』と思い出して聴き入ってしまった。

現実では起こりえないことなので、現実と空想の法則を全て一致させることをしていけないと思うが、それでもミステリー、パニック作品としては最高に良かったです。

🎥最新技術で実写化したら

無理だとは思うけど、最新技術を使って映画化されたらぜひ観てみたいと思っています。なんと言っても密閉された空間というだけど、重苦しく怖くなる。閉所恐怖症の人にとっては地獄絵図だろうけどね。

その方舟、一度読んだだけだと気付けなかった箇所が多々あると思うので、また時間をおいて読み直す、聴き直してみたいです。そんな強い衝動に駆られています。たぶん次に聞くときは、まったく違う視点で物語を感じられると思う。

例えばラストに近づくにつれて、『あれ!?こいつが犯人?何か妙な感じが・・・』そんな違和感と上げて下げる最ラストの落差の大きさ。そんなラストを誰かと一緒に語りたくなるそんな一冊です。

長期連休で時間がある人、ミステリー好きな人、強い読後感を求めている人、ぜひ手に取ってみてはどうでしょうか。

そして方舟を読んだ後、同じ作者の『十戒』も読んでみてください。同じクローズド・サークルで、考察好きの人に特におススメです。

この記事を書いた人
まさ

小説の構造・結末・テーマを徹底考察。
「ただ読むだけ、聴くだけでは終わらせない」
考察の過程で、作品に込められた意図や、物語の裏にある仕掛けを読み解くのが醍醐味。
特にミステリー好きな方に、新たな視点を提供できれば嬉しいです!

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