記事内に広告が含まれています。

『悪逆』|黒川博行、箱崎の犯行手口と結末を考察、ネタバレ解説

悪逆

Audible版、悪逆はこちらから。サンプルあり

ネタバレしていますので注意してください。

🚓普通に面白いぞ!

予備知識なくこの本を選んで聴き始めたのですが、飽きることなく結末まで一気にいけました。この本のジャンルとしては、クライム・サスペンスで、追う刑事と悪の逃走が軸になったものです。

たぶん私の記憶が正しければ、クライム・サスペンス系の本を読んだのは初めてかもしれません。今までこういったジャンルには興味がなかったので、読んだことはありませんでした。

でも聴き始めたら結構面白くて、ついつい時間を作って聴いてしまった。

何が面白かったのか考えてみると、単に犯人を追う、というプロットではなく刑事と悪の2つの視点で物語が構成されている点と悪者のエッジが効いてる点です。

視点が2つあること

1つの視点だけだと、その情報しかないので物語に深みがでにくい。しかし2つの視点があるので読者はどちらの視点からも物語を知ることができる

追う者、追われる者

捕まえる者と逃げる者の物語なので、スリルがあるし続きが気になる。ラストはどうなるの?となります。

悪が元警察エース

悪者は箱崎という人物で、元警察官(マル暴)で良くも悪くもやり手の極悪人。警察の捜査を熟知している。

物語のテンポが良い

犯行⇒逃走⇒刑事が追う⇒それをかいくぐる。こういった感じでリズム良く物語が進んでいく。

こういった理由で、物語を聴いていて飽きないのです。箱崎の冷酷で残忍な手口による殺人。そして警察の捜査を熟知しているので、それをかく乱するような行動そして逃走。

それを追う大阪の刑事、館野と玉川のコンビ。こてこての関西弁でお笑いコンビみたいなのが、また箱崎の冷静、冷徹、極悪との対比が効いて良い。

それでは、私が個人的に気になった点を考察します。

🚬濡れた吸い殻を捨てる行動の意味

箱崎は最初の被害者、大迫邸のキッチンで濡れた吸い殻をゴミ箱に捨てています。これは一体どういうことなのか考えてみました。

まず箱崎のことについて整理してみました。

箱崎は独身、離婚歴あり10年以上元妻と会っていない、50代前半、現在は探偵だが元刑事、しかも極悪の刑事。警察官時代は良くも悪くも優秀。

優秀で仕事はできるが、扱いにくい存在。

そんな箱崎は、あえて大迫邸の台所のゴミ箱に事前に準備した吸い殻を残していった。しかも湯呑茶碗に水を入れ、その中に吸い殻を入れて残した。なぜなのか?

1.知能犯を装った

箱崎は大迫邸を出るときに、遺留物が無いことを確認して立ち去っています。自身に結びつくような物は一切残していない。

ではなぜタバコの吸い殻を残したのか?ひょっとして知能犯を演出したのではないだろうか。『俺は吸い殻を残しておいた。なぜか分かるか?俺は知能犯なんだよ。あえてコレを置いたのは俺がプロで知能犯だとメッセージを残すためだ。』と。

物語中でも、玉川と館野も箱崎のこの行動の矛盾を指摘しています。これも当然箱崎の思惑の範疇なのでしょう。つまり警察に心理的ゆさぶりをかけている。1点だけに的を絞らせるのではなく、2つ3つと的があることで捜査に時間が掛かるのではないだろうか。

2.DNA検査で捜査をかく乱

これも玉川と館野の会話の中であるが、濡れたタバコからでもDNAを採取はできるがその精度は落ちると。当然、鑑定にも時間は掛かる。そして検出されるDNAは箱崎のもではない。違う人物のDNAが採取され、仮に警察のデーターのDNAと合致して捜査をしても、箱崎には結びつかない。

箱崎にたどり着くまでに無駄な時間が費やされることになる。

総合的に考えると、警察の捜査をかく乱し時間を無駄に使わせることが狙いなのだろうと考えます。

実際にこの濡れたタバコのお陰で、箱崎は第2の事件も実行しやすくなっているのです。

🧐第2の犯行で手口を変えた理由を考察

箱崎は第1の犯行ではプロの仕事を警察に示しています。防犯カメラの録画機器のパソコンとデッキを回収し、薬莢、特殊警棒、結束バンド、テープ、剪定鋏を回収し遺留物を一切残していない。(吸い殻以外)

しかし第2の犯行、成尾邸ではそれとは180度違う犯行を実行した。

靴跡を犯行現場に多数残す。金を隠した壁をハンマーを使って破壊、さらに防犯カメラのレコーダーはハンマーで破壊する。そしてそのハンマーを現場に残す。

さらに成瀬を殺した方法は、銃殺ではなく窒息死。では、なぜ箱崎はこのような行動を取ったのか?

1.第1の犯行とは違う犯人だと思わせるため

第1の犯人はプロの仕事だった。しかし第2の仕事はそれとは違って、素人感が出ている。殺し方、遺留物がそうです。成尾を見つけて金を奪ってやりたい悪党は大勢いるので、この犯行をみたときに刑事は第1の犯人とは別の犯人だと予測しました。

仮に同一人物の犯行だと、手口に共通点が出るのではないだろうか。銃殺なら銃殺、遺留物を全部回収なら全部回収など、何かしらの共通点が出やすい。がしかし、第2の犯行は最初の犯行とは違い過ぎる。

これもまた箱崎の読み通りで筋書通りだった。

2.捜査をかく乱する

別の事件として捜査するなら、捜査のリソースが分散するのではないだろうか。情報、人員が分散しさらに捜査に時間が掛かってしまう。

そうなると警察が箱崎にたどり着くとしても、より時間が掛かってしまう。警察の捜査を熟知しているが故に、その裏をかく行動が功を奏している

🧣田内の顔にかけられた白いマフラーの考察

第3の事件、新興宗教団体の宗務総長、田内が滋賀で殺された。しかも殺された後、身なりを整え手を身体の上で重ね、さらには白いマフラーを顔の上に掛けるという、何かメッセージめいた状態にした。

箱崎はなぜこんな事をしたのか!?

結論からいうと、第1、第2の事件同様捜査をかく乱する狙いがあった、ということだ。

殺害後、箱崎は遺体の状態に手を加えた。そこには何やらメッセージが込められているかもしれない、そう警察に思わせることができる。いや、警察ならどんな些細なことでも見逃さないはずだ。ありとあらゆる可能性を調べていくはず。

被害者に何か強い恨みがあるのか?それともカルト的思想の犯人か?と思わせることも出来る。

さらに、物色した跡を不自然に偽装したのも箱崎の狙いだ。殺害手口は残忍でその後も冷静。なのに物色した跡は不自然。明らかに偽装。

そうなると、別の何か重要なものを盗んで、それを隠すために偽装したのでは!?と警察に思わせることもできる。

当然、警察はその線もしらみつぶしに捜査していくだろう。

しかし捜査力(リソース)にも限界があるはずだ。捜査する範囲が増えれば、箱崎に辿り着く捜査力は弱くなる、当然辿り着くのにも時間が掛かる。

さらに大迫、成尾は大阪で、田内は滋賀で殺された。府と県を跨いでいる。そうなると別事件として捜査されて情報共有はしっかりされないのではないだろうか。共有されてもそれは限定的な情報で、決定的なものは渡してくれないのではないだろうか。

当然、箱崎に辿り着く線は細く頼りないものになるだろう。

この考察が核心をついているなら、警察の捜査を身体に叩き込んでいる箱崎だからこそ出来る手口と捜査かく乱だと言えます。

Amazonで詳しくみたい人はこちらから。

🤔箱崎を考察する

箱崎には別れた妻がいて10年ほど会ってはいない。だがその妻には今もお金を送金しているといった描写があったように記憶しています(間違いかもしれない)

そして最後の被害者、海棠わたる(本名みなとたかまさ)を殺害する前に、箱崎はこう考えていました。『海棠わたるを殺す、教祖の皮を被った詐欺師が現世に存在していはいけない』と。

箱崎の探偵事務所で働く従業員に対しての態度は紳士的。

こういった情報をもとに箱崎の人物を考察すると、100%の悪ではなく、いくらの善の部分もあったのではないだろうか。むしろ、そういった部分もなければ、社会生活が営めないわけです。なぜなら人間は社会的な生き物なので。

話を戻して、箱崎は確かに冷酷で残忍な男なのは間違いない。間違いないが、彼なりの正義感があったのではないだろうか。もちろん、私たちの多くが知っている正義感ではなく、歪んだ正義感だ。正義の為なら不正、犯罪を犯しても構わないといった。

だから彼は悪事を働く大迫、成尾、田内を残忍な方法で殺害することができた。それはつまり、悪事を働く奴なら何をしても許されるといった歪んだ正義の表れではないだろうか。

結果、その度合いが大きすぎて箱崎は警察を退職せざるを得なくなったわけですが。

❓箱崎が海棠殺害に拘った理由

新興宗教団体の教祖、海棠は箱崎がまだ現職の警察官だったころ、彼を斜に構え罵倒しています。近くにいた警察官曰く、彼の顔は真っ白になっていた、と回想しています。

顔面蒼白とは、どんな心理状態のときになるものだろうか?一般的にはショックな時がほとんどだと思う。自分が想像もしないことが自分の身の上に降りかかったときに、人はショックを受け、血の気が引き顔面蒼白になる。

箱崎はショックだった。なぜショックだったのか?それは悪事を働いている奴に見下され、あろうことか罵倒までされたからだ。箱崎のプライドの高さは折り紙付きだ。それは自身が優秀な人物であるといった自負があるから、余計でもプライドが高くなる。

ひょっとすると、彼が関西出身の人間にも関わらず、標準語を喋っているのも東京人に負けたくない、もしくは『関西弁を喋る奴らと同じ扱いを受けたくない』そういった彼のプライドの高さの象徴なのではないだろうか?

いずれにも、彼は優秀であるがゆえにプライドが高い。そんな箱崎を海棠は罵倒した。きっと箱崎は身体が震え、怒りで身体の至る所に痛みが出ただろう。そして眠れなったはずだ。

だから彼はあの日こう誓ったのだ。『キッチリけじめをつける』と。

箱崎自身、警察に身元が割れたことは知っていた。だからその時点で国外逃亡すればよかったのに、彼のプライドが災いして、結果自身の逮捕に至った。

田内殺害の後、国外逃亡していたら彼は逮捕されることはなかっただろう。犯人勝訴で物語を終えることが出来たのだが、、、、と思ってしまった。

⚠️道具屋、志岐を殺さなかった不可解さ

箱崎は道具屋の志岐に偽造の免許証、パスポートを作らせ受け取った。その時に彼を殺害していれば、そこから自分の足取りが分かることはなかったはずだ。

例えば受け取り場所を夜、どこかの人通りの少ない場所に指定していればチャンスは作れたはずだ。もちろん、志岐も警戒し自身が受け取り場所などを指定していたわけだが、それでも箱崎なら息の根を止めることは出来ただろう。

志岐に警察の捜査が及ぶことを箱崎を知っていたし、志岐にも警告をしていたくらいだ。志岐が口を割れば必ず自分の逃走ルートがバレてしまうことも容易に想像できる。

しかし箱崎はそれをせず、逮捕されてしまった。

もちろん物語の結末上、そうせざるを得なかったのは十分にわかるが、箱崎にしてはお粗末だったなと考察しました。箱崎の仕事としては最後の詰めが甘いと言われても仕方ない。

🧱黙秘する箱崎のその後

箱崎は死んだ目で完全黙秘をしていると玉川が伝えている。死んだ目とは生気がない、無気力、絶望している感じの目だ。

箱崎は元マル暴対策の警察官だったので、箱崎級のアウトロー警官じゃないと太刀打ちできないだろう。箱崎が被疑者にやったようにボコボコにするくらいのアウトロー警官じゃないと、証言は取れないないだろうと思います。

そう考えると、箱崎はその後どうなるのだろうか。

ほぼ間違いなく、死刑だろう。人を3人殺害し1人が重体になっている。それに警察官にも怪我を負わせている。当然警察組織も黙ってはいないだろう。そう考えると日本の刑事司法制度の最高の罰、死刑が妥当ではないだろうか。

その一方で、世論はどう反応するだろうか。

大迫、成尾、田内、海棠は悪の権化だ。警察が逮捕できなかった奴らに箱崎は鉄槌を喰らわせた、と受け取ることもできる。権力、金で弱者を虐げその上にあぐらを掻いて生きてきた人間だ。そういった人間達に罰を与えた箱崎に賞賛を送る人物が出てきても不思議ではない。

それにSNSが強い力をもった今、ひょっとしたら箱崎を神と崇め模倣犯まで出てくるのではないだろうか。どちらにしても裁判は長引き、刑務所に送られれば箱崎は一生そこから出てくることはない。

間違っても無罪になるなんてことも、仮釈放もない。

そう考えると、絶望しかない。やはり死んだ目になってしまう。

ところで下で紹介している記事は、人質の法廷と呼ばれる小説で冤罪をテーマにしたものです。クライム・サスペンス系が好きな読者にもおススメです。ぜひ読んでみてください。

この記事を書いた人
まさ

小説の構造・結末・テーマを徹底考察。
「ただ読むだけ、聴くだけでは終わらせない」
考察の過程で、作品に込められた意図や、物語の裏にある仕掛けを読み解くのが醍醐味。
特にミステリー好きな方に、新たな視点を提供できれば嬉しいです!

まさをフォローする
サスペンス・ミステリー小説
まさをフォローする
タイトルとURLをコピーしました