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爆弾|呉勝浩、類家が名前で呼ばれなかった考察、ネタバレ解説

爆弾

Audible版、爆弾はこちらから。サンプルあり。

🎧この本はAudibleで聴いて欲しい!

この作品は最初から最後までドキドキ、ハラハラするような展開が続き、一度聴きだしたら止まれなくなる感じです。

実際私、約10時間43分の朗読を2日間で聴き終わったくらいでから。それくらいドップリ『爆弾』の世界に浸れました。

読書も良いけど、これはぜひ朗読でも聴いて欲しいです。その理由とこの作品の何が良かったのか、書き出してみました。

  • スズキタゴサクの声が気持ち悪い
  • 刑事たちとの心理戦
  • ミステリーとしてもいい
  • 普遍的なテーマ

👍星祐樹さん、いい仕事するぜ!

スズキタゴサクの声が気持ち悪くて最高にいいのです。狭い取調室で巧みな話術で人の心を絡めとっていくタゴサクの姿が、脳にありありと再生されてしまい気持ち悪くて最高なのです。

矛盾しているけど、最高に気持ち悪くて共感めいた錯覚に陥るのです。

Audibleのサンプルで、彼の声が聞こえるのでぜひ聴いてみて欲しい。ちなみに私は彼の第一声を聴いて、『喪黒福造(もぐろふくぞう)』を思い出してしまった。

喪黒福造の何とも言えない独特な喋り方と、スズキタゴサクの声がリンクして、しかも体形も何となく似ているので余計でもゾワゾワした感覚を終始感じてました。

まさ
まさ

ナレーターの星祐樹さん、いい仕事するぜ!なんて思いながら物語を愉しんでました。


👍ルール、秩序、道徳の対比

刑事たちとの息詰まる心理戦。

スズキタゴサクのキャラは無敵の人として設定されています。なので、どんな罰も拷問も説得も彼には通用しないのです。なぜなら彼は死を1mmも怖がっていないから。

その変人、狂人を相手にする刑事たちの苦労というか、歯痒さがたまらなくいい。刑事側はルール、秩序を遵守してタゴサクを取り調べを行わなければいけない。

が、その一方でタゴサクはルールや秩序なんてない。どうぞ私を死刑にしてください状態なのだ。

この不公平な条件での戦いは、刑事側からすると負け戦、絶対に勝てない。刑事訴訟法、組織のルールから脱線できない警察側と人生から脱線し続けてきたタゴサク。

この駆け引きがイライラするから面白い。

ルール、秩序、道徳を無視するタゴサクに、どうやって爆弾の在りかを吐かせるのか!?


🛸ミステリー好きも『なるほど』となる

ミステリーとしても成立している。ある種、これはクローズド・サークルの亜種だと言えます。

警察所内の取調室という外の世界と隔離された空間だけで、爆弾の在りかを追跡していく感じがモロにそう。

ついつい、刑事たちとタゴサクの心理戦や、物語のドキドキ、ハラハラ感でミステリー感がピンボケしてしまいがちだが、『あっ!』となる感じを味わえる。

このあたりも、この作品の見どころだと感じてます。

個性豊かなキャラが色々と出てきますが、例えば清宮、類家、もちろんスズキタゴサク、これらの登場人物はかなりエッジが効いてます。

逆に強面刑事、正義感溢れる刑事たちは、私たちが知っているような、ありきたりな設定で描かれています。

この対比もまた良くて、普通と異端者、そのせめぎ合いがラストまで一気に駆け抜けていく感じです。


😇スズキタゴサクは私

そして最後に普遍的なテーマの投げかけ。

私たちが生きているこの社会構造の欠陥、不完全さ、そしてその中で生きている人間が持つ偏見、残酷、傲慢を読者に投げかけています。

それを体現したのが、スズキタゴサクです。

だからこそ、この『爆弾』というフィクションを通じて、私たちの内面を物語に投影してしまう点がある。物語を読み進めていけば、タゴサクと私たちにどれだけの差があるのだろうか!?とも思ってしまう。

そこがまたこの物語の面白さだと思う。多くの読者が『私もスズキタゴサクだったかも』と思わせる点が秀逸。

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☠️スズキタゴサクこそ人間の本質

ほとんどの読者が、タゴサクの背景、風体、思考、喋り方、それを見たり聴いたりすると良い気分にはなれない。

それだけタゴサクは人を不快にさせる。

では、なぜ不快になるのか?それは私たちの中にタゴサクがいるからです。タゴサクから発せられる臭気、風体、喋り方など、それら1つ1つが私たちの中にあるからです。

あるからこそ、それが不愉快だと感じられます。もしなかったら、それを不愉快だと判定できないのです。

しかし、私たちはその不愉快さ、他人に与える残語さを通常時は隠して生きています。それが道徳であったり、社会規範であったり、そういった基準に当て嵌めて生きています。

そうしないと、人間が作り出した社会の中では生き難くなるからです。もちろん、幼少期より刷り込まれた教えが効いているのも見逃してはいけません。

もし仮に、スズキタゴサクが蔓延する社会になったらどうなるのだろうか!?

私たちが暮らしている社会という枠は崩壊してしまいます。警察、教育、医療、介護、インフラ、経済すべてが崩壊します。

崩壊した旧社会はどんな感じでしょうか!?きっと北斗の拳を彷彿させうような、多くの人が怯えて暮らさなければいけない世界です。

いや、そもそも、人間が生き残ってはいけない環境になるはずです。なぜなら私たちは、厳しい自然環境の中では100%生き残っていけません。

だから社会という見えない枠を作りだし、多くの人間がそこに集まり、そして文明を産み出し、秩序を作り出して生き残っているのです。

だからタゴサクが蔓延すると、全人類の負けが確定してしまいます。そう考えると、スズキタゴサクのような言動を取る人間は排除しなければいけない。

なので、絶対的な前提を何にするのか!?で当然結果が変わってきます。それが類家刑事とスズキタゴサクの存在と役割です。

👺類家はタゴサクと同種で同じカテゴリー

職業

類家:警察官(特殊犯係。プロファイリング担当)

タゴサク:本籍、住所、名前、職業、不明


知性の活用

類家:天才的な閃きと洞察を兼ね備え、犯罪者を追う

タゴサク:悪魔的な話術で人の心を操り、惑わす


動機

類家:社会秩序の為にその知性を使う

タゴサク:破滅的欲望を自分に向けて欲しい


類家とタゴサクは一見対極に見えますが、共通点もあります。警察内で異色の立場にある類家、そして社会の中でホームレスとして生きてきたタゴサク。

天才的な推理力を披露する類家と、悪魔染みた話術を操るタゴサク、どちらも高い知性がないと不可能な能力。

では彼ら2人を分けている、決定的な要素は何か!?それは社会的立場でしかありません。

警察官は社会の中で確立された職業で、他人もその職業を一般的だと認識している点。その反面、タゴサクはホームレスとして生きてきた。

それは一般的ではなく、その社会的地位はずっと低く他人は忌み嫌う。

つまり、類家はたまたま警察官に成れて、社会的立場を得ることが出来た。そして破壊的で異端的な思考、能力を社会に役立てることが出来た。逆にスズキタゴサクは不運の連続で逮捕された。そして高い知性、話術を反社会的な行為に使った。ただそれだけです。

類家とタゴサクを隔てる壁は、限りなく薄く脆い。紙一重と言うやつです。しかもそれは、私たちにも当て嵌る。

私たちは偶然、今、そうやって生きている。タゴサクにたまたま成らなかった。しかし、世の中にはタゴサクのような人間がいる。それは成りたくてなったのではない。

自分では決められない、超えることが出来ないハードルとして、それらを条件付けされ生きてこなければならなかった、ただそれだけなのです。

この『爆弾』という物語が読者に伝えたいテーマがあるとしたら、それは今私たちが手にしている状況というのは、運でしかないということです。

こんな事を書くと批判を浴びそうですが、しかし、事実、運でしかないのです。もって生まれた能力、体力、健康状態、身体的特徴、家庭環境の優劣など、どう頑張っても生まれてくるその人間で選択できないのです。

もし仮に努力で何とかなると思うなら、それすら勘違いだと言えます。努力する能力をあなたは持っていた。勇気をもって立ち向かえる強い心を持っていた。だから自分の状況を変えられたと錯覚します。

そしてたまたま自分が望んだ結果を得られた。実はそれはすべて運が良かっただけなのです。

ただそれだけなのです。

だからスズキタゴサクは私たちであり、私たちはスズキタゴサクなのだと言えます。

⁉️名前で呼ばれない類家刑事

タゴサクを取り調べた警察官には、類家以外に以下の3名が登場します。

伊勢刑事、等々力刑事、清宮刑事です。厳密にいうと、強面の刑事がもう1人スズキタゴサクを取り調べしていますが、これは除外しておきます。

なぜならタゴサクは相手にもせず、ただ居眠りをしていただけですから。

さて話を戻して、タゴサクは類家以外の刑事は名前で呼んでいます。しかし類家だけは『刑事さん』と言う呼び名で話しをしていました。

なぜでしょうか?なぜタゴサクは類家の名前を呼ばず、『刑事さん』と呼び続けたのでしょうか。

これも、スズキタゴサクの知性の高さの証明だと私は考えています。タゴサクはその悪魔染みた話術を駆使し、人の心を露にさせる化物です。

実際に伊勢刑事、等々力刑事、清宮刑事、彼らはタゴサクの話術に陥落し彼の掌で躍らせ己の本音を引き摺りだされた。

しかし、類家だけは別だった。

彼だけはスズキタゴサクと共通する異端者的発想がある。社会を破壊する思考、欲望をそのまま実行できる知性です。

だからタゴサクは類家に自分と同じような臭いを感じ取った。類家なら自分を理解してくれる。彼なら自分の欲望を暴いてくれる。

だからこそ、タゴサクは類家のことを名前で呼ばなかったのです。『ひょっとしたら、こいつなら・・・』と思ったのではないでしょうか。

それはタゴサクなりの類家へのリスペクト、敬意なのではないかと考察します。逆に名前で呼ばれた人物は、タゴサクにバカにされていたのです。

つまりどうでも良い人物だった、ということです。

実際、物語の最後で類家はこの爆弾事件の全容を解き明かし、スズキタゴサクの思考に限りなく近づきます。タゴサクは知って欲しかったのです。

自分の考えを、欲望を、事件の全容を、全部を解き明かして欲しかった。でもそれは知的なゲームという手法で知って欲しかった。

そしてそれが出来たのは類家だけだった。確かに類家は山手線の爆発は食い止められなかった。それはスズキタゴサクもその爆発の計画全てを知らなかったから、ヒントを与えることができなかった。

しかし類家はその裏事情まで全部解き明かしてくれた。そしてタゴサクが仕掛けたゲームに負けたと認めてもくれた。(本当は負けていない、タゴサクは山手線の爆発に限りアンフェアだったから)

だから彼は最後の最後まで彼を刑事さんとしか呼ばなかった。タゴサクが求める人物か否か判断ができなかったから。

そして類家に何かを感じていた。それは共感なのか、破壊者としての思想なのか、欲望を抑える知性の高さなのか、それはよく分からない。しかしタゴサクは他の奴らとは違う何かを、類家に感じたからこそ、最後にすれ違った等々力刑事に伝言を託した。

『今回は引き分けです』と。

✅まとめ

『爆弾』を愉しむために、ちょっと意識しておくと良いポイントを書いておきます。

Audibleで聴くと、よりスズキタゴサクのキャラが際立つ。

刑事たちとタゴサクの心理戦を愉しむ。特に類家とタゴサクの共通点を意識してみる。

ミステリーとしてサスペンスとして、ハラハラドキドキ感を愉しむ。

タゴサクとあなたとの共通点は何か。彼とあなたの違いは何なのか考えてみる。

この記事を書いた人
まさ

小説の構造・結末・テーマを徹底考察。
「ただ読むだけ、聴くだけでは終わらせない」
考察の過程で、作品に込められた意図や、物語の裏にある仕掛けを読み解くのが醍醐味。
特にミステリー好きな方に、新たな視点を提供できれば嬉しいです!

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