ネタバレしていますので注意してください。
🤔なぜ亮介は人を殺したのか?
亮介は人を殺した。その人物の名前は石倉だ。その理由は一体なんだったのか?
それは、亮介の家族を破壊したことが原因である。亮介の父を暴行し快彦の母親の居所を聞き出そうとした。なぜなら、快彦の母と石倉は昔、男女の関係だったから。しかし、口を割らないため、当時子供であった亮介を暴行すると脅し白状させる。
結果、快彦の母はその男が原因で自殺し、その罪悪感に苛まれた亮介の父は失踪、亮介の家族はあっけなく崩壊した。
二つの家族を破壊しても、大手を振って生きるクズ男。亮介はその男に鉄槌を喰らわしたのである。
しかし、亮介はそのことで心に大きな傷を抱えるようになる。彼の優しさの裏には、子供の頃より背負った悲しい過去があった。そういった描写が物語中には何度も出てくる。
ではもし仮に、私が亮介の立場なら、人を殺す勇気が持てないかもしれない。人を殺すということは、それだけ勇気と覚悟がいることだと思う。なにぶん、人を殺したことがないのでその心理の奥底までは分からない。分からないがクズ男を警察に突き出して起訴、裁判所に有罪判決を出させたところで、死刑にはならないだろう。
(死刑を望んだとしても)
そうなると、社会制度を利用しての復讐には限界がある。では私刑しかない。しかし私刑は法的に許されていないと聞く。亮介もそれは知っていただろう。だがそれを実行した、と言うことだと思う。
殺したいほどの人物。King of Kuzu。もし自分に無くすものがない人間なら、私刑を実行してもおかしくはないと思った。しかし、その時は自分の人生が終わった瞬間でもあるはずだ。
そして、もう1つ亮介は快彦に黙っていたことがある。それは、快彦がクズ男、石倉の遺伝子上の子供である、ということだ。
亮介は考えたはずだ。もしその事実を快彦が知れば、快彦は壊れてしまうかもしれない。亮介が殺した男が、快彦の本当の父だと知れば。
ただでさえ人を寄せ付けず、関わろうとしなかった快彦だ。精神的に破綻してもおかしくない。さらに快彦の母が石倉に無理やり売春をさせられていた、そんな事実を知ったらどうなるか、想像すると恐ろしいはずだ。
だから、亮介は事件のことを喋らなくなったのだ。
『もう、いいじゃないか。』と言う亮介は、本当に辛かったはずだ。自分だけが事件の全ての真相を知っている。
自分の家族を破綻させた男。快彦の母を死に追いやった男。そして自分はその男を殺した。ずっと、ずっと、ずーっと、そのことを誰にも喋らず、自分の心の中で泥のように沈殿させていったのだ。
刑務所の中でも、出所した後も、ずっとだ。どれだけ亮介が辛かったか。それが物語のラスト、奄美大島で亮介が全てを告白するシーンに集約されている。
涙を流して、『俺は人を殺してしまったんだ。』と。石倉のようなクズ男を殺したとしても、人殺しの事実が亮介の良心を攻撃する。
亮介は根が良い奴だから、余計でも良心の呵責には耐えらないだろう。刑務所に入ってもきっと眠れない夜を何日も何日も過ごしただろう。
しかし、亮介は快彦に全てを曝け出すことができた。そして快彦は事実のすべてを受け止められるだけ成長出来ていたのだ。つまり籠の中から飛び出すことが出来ていた。
それはすべて亮介のお陰なのだ。亮介が同級生と快彦を関わらせ、人助けをさせ面倒なこと沢山させた。しかし、快彦はそういった日々に充実感を得ていた。お金にはならなくても、人から感謝され役に立てたことは、自分自身の自尊心、自己肯定感を高めるのだ。
しかし、亮介は籠に閉じ込められたままだった。石倉を殺した日から、ずっと。
だから、快彦は何日も何日も奄美大島のあの場所で、亮介を待っていたのだ。
今度は亮介を籠の外へ出してやるために。
☀️作品概要と著者紹介
『籠の中のふたり』は、2024年7月に双葉社から刊行された薬丸岳の長編小説です。
この物語は、著者の25作目にあたり、これまでの社会派ミステリーとは一線を画す、心温まる友情物語として注目を集めています。
薬丸岳は1969年生まれの日本の小説家で、2005年に『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしました。その後も『友罪』や『Aではない君と』など、犯罪や贖罪をテーマにした作品を多く発表し、社会派ミステリー作家として高い評価を得ています。
👀主要登場人物
村瀬快彦
32歳の弁護士。小学6年生の時に母親が自殺したことをきっかけに、他人と深く関わることを避けるようになった。人と深く関わるのも関わられるのも拒否するが、本来の彼は優しい性格の持ち主。
蓮見亮介
快彦と同い年の従兄弟で、傷害致死事件を起こして服役。仮出所する為に快彦を頼る。明るく社交的な性格で、人との関わりが上手い。料理が得意で、周囲からの人望も厚い人物。
その他の登場人物
白鳥織江
快彦の元恋人で、看護師をしている。彼との未来が想像できないらしく別れた。
新田
弁護士で、亮介の身元引受人を快彦に依頼した人物。
快彦の母親(ともよ)
快彦が小学6年生の時に自殺。快彦に知られてはならない秘密を抱えていた。
快彦の父親(安彦)
物語の開始時点ですでに亡くなっている。
亮介の元恋人(あいだりさ)
亮介が服役する前の恋人で、亮介の出所後も彼を待っている。
快彦の同級生(よしもときよみ)
夫のDVに悩む女性。一人息子がいる。
📖あらすじ
父親を亡くしたばかりの快彦は、ひょんなことから傷害致死事件を起こした従兄弟の亮介の身元引受人となる。釈放後、二人は川越の家で共同生活を始めるものの、人付き合いが苦手な快彦は、亮介との生活に戸惑いを感じる。
誰に対してもオープンで社交的な亮介と、人を拒絶し続ける快彦。一見違う二人だがその奥底では快彦だけが知らない秘密があった。その秘密へ向けて物語が大きく駆け出すのは、快彦が亡くなった母の手紙を見つけた時。さらにその秘密が亮介の起こした事件とも、密接に繋がっていることが明らかになっていく。
なぜ母は自殺してしまったのか。
なぜあの亮介が傷害致死事件を起こしたのか。
『籠の中のふたり』に込められた想いとは。
エピローグで明かされる過去、そして現在の二人。戻れない時間の中で二人が出した答えとは。
🟢重苦しい物語を軽快に
物語の根幹部分は重いにも関わらず、亮介のキャラクター設定のお陰で軽快かつ爽快感があります。さらにミステリー要素を持ち込むことで、読んでいても飽きることなく、続きが気になってしまいラストまで聴き進めてしまった。
快彦と亮介の明暗分かれる会話。そして快彦の変化。亮介の悲しそうな顔の理由。互いの家族の過去。ときに疾走感たっぷりに駆け抜け、緊張感がある場面では息を吞む。
そして重苦しい過去と向き合う時は、胸がえぐられポッカリ穴が空くほど深く突き刺してくる。著者の人間描写が繊細かつ丁寧だけに、他人の人間関係を覗き込んでいるようにさえ思えてきます。
物語の構成もよくて、物語の序盤に散りばめられた伏線も、ラストに向かうにつれて回収されていく。そして登場人物達の過去、感情、想いは決して空想の世界だけに留まらず、生々しいほどの現実味がありました。
どれも著者の描写と人間観察の賜物で、一読者としてとても楽しめました。
そして物語の締めくくりも良かった。亮介の人を殺した苦悩、そして自分を罰すること、それが実の父の軌跡と重なっていく。しかし亮介と父の違いは、亮介には快彦がいることだった。
ずっと籠の中でもがいていた二人が、互いに向き合って籠の外を見て一緒に飛び立とうとしている。いいじゃないか、苦しみを半分ずつ背負いながら生きていけたら、そんな風に考えてしまった。
🗣️読者のコメント
「重いテーマを扱いながらも、どこか日常のあり触れた可笑しみや温かみが溢れてい」」
「人と関わることでの衝撃から逃げてしまいたくなる恐怖やそっとして欲しいと思ってしまう気持ちが共感できた」
登場人物の心情描写が圧倒的にリアル
罪と赦しというテーマの扱いが深い
最後まで予測できない展開
大別すると、上のようなコメントに分けられます。多くの人が持っている”煩わしい人間関係から離れたい”という心理はあると思います。
でもなぜか、亮介のような性格の人間にも憧れのようなものを持ってしまう。そんな矛盾を抱えながら物語を傍観し、二人の籠を眺めていく。エピローグでは二人を解放し自由にしてあげたい、そんな気持ちさえ持ってしまいました。
心温まるというより、二人を応援したくなる、そんな感想が私にはしっくり来る感じです。
🚀籠の中から外の世界を眺めている
この物語で感じたことは、やはり人間関係の煩わしさと同時に、関わることで触れられる感動と喜びです。確かに物語中にゲスな人間も登場しますが、やはり他人と関わることで得られるものは、計り知れなく多く巨大です。
もしあなたが籠の中に居るなら、ぜひこの本を手に取って一緒に籠の中から外の世界を眺めていきましょう。そして読み終わった後、あなただけの読後感を体験してみて欲しいと思います。
何か変化があるといいですね。