
二人の嘘の結末、ストーリの意味を独自の視点で考察します。気になっている人はぜひご覧ください。
*ネタバレしているので注意してください。
📌二人の嘘に込められた想いとは!?
物語のタイトル『二人の嘘』の嘘とは何かを考察してみたい。
一つは容易に想像ができて、これは蛭間隆也の嘘だ。蛭間は妹を守る為に嘘をついた。そして妹を辱めていた人物に暴行を加え、それを誰にも言わず隠していた嘘。
そういった嘘は物語を読んでいけば、何となく察しがついた。しかし、礼子の嘘は一体なんだったのだろうか?とずっと考えていた。
一つの意見として、このような考えに至った。
彼女はロボットのような人物として描かれている。間違えることなく正確に判決文を書き上げ、そして淡々と裁判官としての職務を全うしていた。そこには感情の欠片も感じさせない冷徹さがあった。
私生活でも愛情の無い偽りの夫婦関係で、夫の支配欲からくるセックスにも拒むことなく受け入れていた。
裁判所に向かう電車もいつも同じ、義理の母に作る料理も欠かさず準備する、睡眠は一日三時間、そんなロボットのような人生を彼女は送っていた。
ではなぜ彼女はそういった人物になったのだろうか?と考えた時、やはり幼少期の母の失踪が原因なはずだと思っている。
彼女はまだ小学生で八歳でだった。物心がつき始めた頃の彼女は、さぞ深く傷ついただろうと想像できる。たぶん実際は、私が想像する何倍も辛く傷つく出来事だろうと思う。
当時の礼子には父が失踪しておらず、母が唯一の支えだったはずだ。確かに物語では酒に溺れ、どうしようもない母として描写されている部分がある。
がしかし、物語がラストに向かうにつれ礼子の母がどれだけ娘を愛していたか分かる描写がある。ただ礼子はまだ小学生だった。母に捨てられたショックにより感情と本能を封殺してしまった。
その礼子が大人になり、夫の前で独り言ちたシーン。『間違えたくなかったのよ』、この一言に辿りつくことで、彼女はようやく失踪した母と重なれたのではないだろうか。
間違えたくなかった、きっとそれは全てにおいて。だから母も礼子も感情を捨てて生きなければいけなかった。母は自分と一緒に生きることで、礼子が不幸になる、そんな間違えを犯したくなかった。もちろん、自己正当防衛的な心理が働いたのもあるだろう。
だが、礼子の母は精神的に限界だったのだろう。
一方で礼子は母のような人間にはなりたくない、そして母のような間違いを犯したくはなかった。その為には機械(マシーン)になる必要があった。だから本能による欲求、睡眠、承認、生殖、そういったものさえ削ぎ落していく必要があった。
しかし、感情や本能を失えば、それはもはや人間ではない。凍るほど冷たいロボットだ。もしそれが誕生したとしても、人間社会では生き残っていけない。なぜなら他者と共存することが難しいからだ。社会から弾き飛ばされてしまう。
ただ幸か不幸か礼子には頭の良さがあった。しかも人よりも頭一つ、二つ飛び出た頭脳を持っていた。だから彼女は生き残ってこれた。
そして蛭間と出会う。
礼子が堅牢な心の奥底に閉じ込めていた感情と本能を、蛭間と伴に開放していく。しかしそれは彼女が間違いを犯す原因にもなる。しかし彼女から一度噴き出してきた感情と本能はもう止められない。
そして哀しい運命が二人に襲い掛かる。
前振りが長くなったけど彼女がついた嘘とは、やはり自分を偽る嘘だったのだと思う。人間味を消滅させロボットにならざるを得なかった、本来の自分を閉じ込め続けなければならなかった。
それが礼子の嘘ではないだろうかと。そして本当の礼子に戻る機会を与えてくれたのは、礼子が”心”から愛した蛭間ただ一人だったのだろう。
二人の嘘があったからこそ、彼らは解放された部分がある。しかしそれはあまりにも哀しいラストになってしまう事と同義でもあった。
礼子が裁判官を辞め、その後はどうなったのかは記されていない。しかし、彼女なら蛭間の無罪を勝ち取るためには戦い続けるために戦い続けるのではないだろうか。
✨作品の概要と著者紹介
二人の嘘は一雫ライオン氏が書いた法廷ミステリー、そして愛と正義の深みのある物語です。
2021年6月に幻冬舎から発売され、狂おしいまでの愛を描いた物語が、私を含めて、この本を手に取った多くの人の心を捉え離さずベストセラーとなった一冊です。
著者の一雫ライオン氏は1973年、東京都出身で元俳優から脚本家になり、そして小説家としても活動している一風変わった経歴の持ち主です。
また本作執筆後、闘病生活をされていた時期もあるようで、それが今後どのように作風に影響するか注目の作家。
本の構成はとても緻密で、登場人物も個性的でかつオーディブル版では、ナレーターの声ともマッチして、一本の映画を脳内で再生している、そんな仕上がりになっています。
⚡登場人物
片陵礼子(かたおか れいこ)
主人公。十年に一人の逸材と言われるほど、頭脳明晰、容姿も美しい女性判事。
東京大学法学部在学中に司法試験にも合格。女性最年少、最高裁判事への昇進は確実されている。
冷静かつ理性的で、感情を排除して正しい判断を追求する。
過去に裁いた元服役囚・蛭間隆也の存在が気になり始める。
蛭間隆也(ひるま たかや)
元服役囚で、礼子が過去に判決を下した人物。
寡黙で孤独な性格。過去に偽証して誰かを庇った経緯がある。
最近、裁判所の前に佇む姿が目撃され、礼子との運命が交錯する。
蛭間奈緒(ひるま なお)
蛭間隆也の妹、物語開始時点ですでに故人。
片陵貴志(かたおか たかし)
礼子の夫。由緒ある家柄の出身で弁護士。
礼子と共に都内の豪邸で生活している。
守沢瑠花(もりさわ るか)
礼子の東大法学部時代および司法修習生時代の同期。
東大法学部の歴代成績を塗り替えるほどの秀才だが、司法修習生を半年で辞めている。
香山季子(かやまとしこ)
礼子の伯母、礼子を育てた人物。彼女の生い立ちに影響を与えた重要な存在。
物語の中心は、東京大学法学部を史上最高得点(首席)で卒業し、『十年に一人の逸材』と謳われ、さらに周囲の男達の視線を吸い込んで離さないほどの美しさをもつ女性判事、片陸礼子。
そして人生の中で誰からの視線を集めることもなく、真実を隠し服役した元服役囚の蛭間隆也。生きるステージがまるで違う二人の人間が交差し、物語はラストに近づくにつれその哀しさと愛を増していく。
その物語の脇を固める、礼子の義父母、夫、裁判官同士の人間関係、そして一般人にあまり縁のない裁判所内の人間達の思惑。
こういった人物達が物語に深みを与え、脳にこびりついて離さない、そんなストーリーになっていると感じました。
📖あらすじ
物語は礼子が過去に有罪判決を下した、蛭間との再会から始まっていきます。
蛭間は門前の人(自分に不当判決を下した裁判官を糾弾する人物)となり、地裁の前に現れた人物だとそう思われていた。
しかし、礼子は何か違和感を覚える。感情を無くし精密機械のように動く彼女に異変をもたらしたのが、この蛭間だった。
そして礼子は当時の記憶、メモ、裁判記録から、過去と現在を交差させ蛭間の隠された過去を追い求めていく。
🎯蛭間と礼子の人生が重なる結末
1mmの差異もない完全無欠な礼子と、過ちを犯し哀しさの中で生きる蛭間。その二人が織りなす『大人の愛』、『隠された真実』、そして『正義』の物語です。
人間の弱さと哀しさ、そして背負ってきた過去。そういった複雑な様々な感情、表情、街並みが丁寧に描写されています。
その文体、表現もとても読みやすく、聴きやすく、容易に脳内で映像化され物語を傍観者として進めていくことができます。

特に印象的だったシーンは、二人が訪れた冬の金沢、能登半島です。二人が心の奥底から街を楽しみ過ごしていく短い時間。そして美しい風情がなんとも言えない。大人の男と女、そして冬の金沢。まさに忍ぶ街の側面を持っているんだろう、そう思ってしまった。
その中で感情を封じた冷徹な礼子が、大きく変わっていく描写が丁寧に書かれています。
そして蛭間の独白。そのシーンに強く衝撃を覚え、また心が揺さぶられ、何度も聴きかえしてしまった。そして長く響く読後感を体験することになりました。
愛とは何か、人を愛するとは、人目を憚り(はばかり)相手を愛し身体を重ねること、それは倫理的に正義なのか、いや正義と悪の二元論で、人間の愛情を判断することができるのか、そんなことを頭の中で何度も考えてしまった。
そして何よりも、蛭間奈緒の存在が忘れられない。蛭間隆也と子供の頃に生き別れ、兄は養護施設、奈緒は養子として生きていくことに。
そこで奈緒は養父から熱湯を耳に浴びせられ耳が聞こえなくなる。常識ある人間では到底考えが及ばない虐待を行った養父に、私自身声を出して『ふざけるな!』と言ってしまったくらいです。
そんな凄惨な環境で生きてきた奈緒。そんな心優しき彼女がようやく掴みかけていた、ささやかな幸せをブチ壊したのが、時計工房「クロック・バック」の経営者、吉住秋生(よしずみ あきお)。
何度も奈緒を暴行し映像にも録画していたことが明らかになる。黒いため息が出るほど嫌な描写が続いた。
蛭間兄妹の壮絶な半生。彼らの努力ではどうすることも出来なかった、生きていくための条件と環境。
これは、小説の中だけでなく実社会でも同じことが言える。その個人だけでは乗り越えられない巨大な壁、そういったものが人の一生では現れ苦しめてくる。
そういった事を私も知っているからこそ、二人の嘘を読み、蛭間兄妹のこと思うと胸に暗い影が差し込んでくる。
そして蛭間は礼子に置手紙を残し妹のもとへ旅立った。
きっと奈緒が淋しがっている、そう蛭間は考えていたのでしょう。それに彼が居なくなることで、礼子が戻るべき場所に戻るチャンスを残しているのです。
それも蛭間の優しさで礼子に対しての愛情だったのだろうと思う。
しかし礼子はもう元の場所へと戻る気はない。なぜなら彼女は蛭間から本来の彼女へと戻してもらえたからです。間違える彼女に戻れたからこそ、裁判官を辞めていくシーンでラストを迎えるのです。
あと、二人の嘘で強烈に残っている描写、シーンがあります。
それは、片陵貴志が礼子と高級車、確か3000万くらいだったと思いますが、それに乗って貴志の両親との食事会に行く道中でのこと。
交通誘導をしている警備員に対して、『ブルーワーカーがっ!』と毒づく描写、ほんと胸糞悪くなるほど上手いと思った。読者の心をささくれさす強烈な一言に完敗。
🎉ネット上の感想
読みだしたら止まらない、一気読みをしてしまった、まるで映画を観ているよう、そんな感想が多く投稿されています。
特に30代~40代の読者層に支持が高いようで、大人の恋の深さと苦しさを知る機会になるのでは、そう思ってしまいます。
また法律、正義、人間模様といった分野に興味がある人や、恋愛小説に興味がある人におすすめです。
2024年、本屋大賞にノミネートされ日本文学の中でも注目されるべき一冊だと言いたい。
🏆まとめ
オーディブル版は13時間を超える大作です。ですが、物語に引き込まれたら続きが気になるので、アッという間にエピローグまでいきます。ほんと、アッという間です。
好みはありますが、ナレーターの声も私には心地良く、物語の世界観に合っていたと思っています。本当に素晴らしかった。
そしてこの物語は法廷ミステリーな側面、弱い人間達の人間模様そして大人の愛としての側面が、テンポよく分かりやすい文面で書かれています。
普段、恋愛要素を含む本を読まない人も、ぜひ手に取ってみてはどうでしょうか。新しい体験ができると信じていますよ。ぜひ聴いてみてください。
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